吉田素子の絵画

2021.10.2〜10.10

作家在廊 2日3日10日

6日(水)定休

OPEN   11:00〜18:00

 

 

吉田素子さんの絵は、空間の捉え方がおもしろい。
ずっと今まで抽象画を描いて来られたが、ここのところ一見具象画になってきたかのように見える。ところがやっぱり、それは抽象化されているのだ。
器やテーブルは洋のモノのようだが、漆喰の白や藍などに通じる色は過去からずっと持って来た和を感じさせる。
それらは無機質なようで、そうではなく、背後に吉田さんの気配がする。
彼女は「直線と曲線の響きあう配置によって自分の思う空間を表現できれば」と、話してくれた。
僕も自由にその空間に入って行きたい。

たかはしたいいち

22. 9月 2021 by STAFF
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神林學の彫刻

 

 

 

 

20. 9月 2021 by STAFF
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神林學の彫刻

2021.9.4土~9.12日
作家在廊予定4日(土)12日(日)
11:00-18:00
8日(水)定休

神林學さん、18才から彫刻を始めて今75才。僕と学年は同じである。
もうずっと前から人体の美しさ、不思議さを追い求めている。作っても作ってもどんどん無限に出てくるという。
今回のテーマは?と聞くと「そんな大それたことはないし、今自分がどういう所に立っているか、感じるものを作りたい。」と、返ってきた。
「平面と違って立体は、置く場所、見る向き、光の当たり方と影などによって変わってくる。また、見る人のその時の状況によっても変わってくるし、自由に見て感じてほしい。人は概して答えを知りたがるが、答えはいっぱいある。作品名もそれでつけたくないんだよ。」

神林さんがずっとやってきた「ワイヤーマン」のシリーズ。今回の「サイクル」の中の1体が僕は気に入った。足先で立っていながらデンとしていて、その姿勢にエネルギーを感じる。コロナ禍で元気をもらいたいという僕の願望もあるのかもしれない。

錆の有無など、一つ一つの作品の持ち味も異なる。今回は全長2センチの作品も届くという。
あなたにはどう見えるか。感じるか。どうぞお出かけください。

 

20. 9月 2021 by STAFF
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黒田泰蔵 弟子達展

 

 

 

 

 

 

01. 9月 2021 by STAFF
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黒田泰蔵弟子達展

 

2021.8.21〜8.29        作家在廊日 21日

11:00〜18:00

25日(水)定休

黒田泰蔵さんが、2021.4.13に亡くなった。翌日には僕も駆けつけた。弟子であったメンバー達も7名集まって来ていた。しばらくして、パートナーの彬巴さんから声がかかり、黒田さんをしのぶ会を弟子展として開催することになった。
黒田さんへの思いが、皆それぞれ違っていて興味深く感じた。
ゲストとして、晩年の黒田さんの手伝い人、元玉峰館の料理人、大賀義人さんが絵で参加です。(参加作家は、高久敏士、吉田直嗣、渡辺隆之、深澤彰文、安齊賢太、藤原宏允、内田智裕 君です)

 

 

09. 8月 2021 by STAFF
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佃真吾の木工

08. 8月 2021 by STAFF
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佃真吾の木工

2021.7.37〜8.8

佃さん在廊日 7/31   8/1

8/4(水)定休

11:00〜18:00

 

佃さんの話では、普段の仕事は使ってもらうことを念頭に置いて作っているが、今回は自発的に作ったものを送ってくれたという。コロナ禍で、ギャラリーを通してオンラインでの注文が多くなり、仕事に追われるようになった。それで余計に、自分から作りたいものを作るというところに戻ったということか。ただし、使いやすいものではないので、そんな生意気なつもりではないが、「使ってみますか?」とお客様が問われるような、堂々としたものを作っていきたいという。
以下、作品の説明をしてもらった。
三段重ねのお重の外側は杉の木のこぶみたいな所で作った。華やかな模様が好きなので使ってみた。
中は1,000年の埋もれ木の神代杉。底板は寄木にして縮んでも隙間ができにくくした。そして台は黒柿の黒い処だけを使用。
各々の段が独立しているので、食べ物に限らずとっておきの何かを見せるために並べても使える。想像してみてほしい。
蓋付きの刳りものの栗には漆をかけていない。色が肌色からくすんだ褐色へとタンニンで良い感じに変わっていく。
楕円のお盆は、いつもは底を盛り上げてふくらませているが、抉った線を出してみたかった。
多角盆は30㎝位ある。欅で作り漆を塗っている。
ツタの茶入れは、ツタの種類の中で固いしまった方を使っている。直径10㎝。蓋は小口の輪切り、花火みたいな金線が特徴で模様がおもしろい。

「木は動く。漆を塗ってからでも動く」という。佃さんは木を知りつくし、使う人の身になってどこまでもまじめに仕事をする人である。
指物など他にも様々引き出しがあるので、常に広げて良い意味でお客様を裏切って行きたいと意欲的である。
どんなものが来るか、他のものにも興味が湧いている。

01. 8月 2021 by STAFF
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華雪の書

 

 

24. 7月 2021 by STAFF
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華雪さんの書

2021.7.17(土)〜7.25(日)

11:00〜18:00

作家在廊日 17日18日25日

定休日 21日(水)

華雪さんの篆刻ワークショップ 18日

※篆刻ワークショップは満席となりました

 

「中原中也を書きませんか」。ふいに高橋台一さんから言われた。

中原中也はほとんど読んだことがなかった。全集を図書館から借り出すと、その詩は未刊の作品を含めても二冊に収まっていて、30年という彼の人生の短さを感じる。

詩を読むうちに、彼の詩に現れる雪が目に留まった。
「生ひ立ちの歌」は、「私の上に降る雪は/真綿のやうでありました」とはじまり、幼年時と題される章から少年時を経て年齢を表す数字の章へと進む。最後の数字は24で、雪は「いとしめやかになりました……」と閉じられる。

雪の字に「すすぐ/そそぐ」という意味があることを知ったのは30代に入ったころだった。まだ雪の降らない季節に公開制作として一日中「雪」の字を書き続けた。自分の生きてきた時間を洗い流したいような思いを抱えていた時期だった。

生まれ育った京都の南の街では、雪はほとんど降ることがなかった。
20代半ばに行った冬の新潟で、灰色の空から降りしきる雪を見上げ、わたしは雪を知らないのだと思った。

幼い息子を病いで亡くした29歳の中也は日記に「降る雪は/いつまで降るか」と筆書きし、その上にバツ印を記した。その翌年、8年前に書きかけ未完だった雪をめぐる詩に改めて加筆修正を行う。
詩は、「雪が降ってゐる、とほくを。」と繰り返され、「雪が降ってゐる、なほも。」と締めくくられる。

ひとりの男が降る雪を見上げている。
中也の描く雪を読むうち、自らに降りしきるものを戸惑いながらも飲み込もうとする彼の姿を感じた。
そして中也の描いた雪は、新型コロナウイルス感染拡大の中を生きるわたしたちの世界にも重なるような気がする。

中也が長く生きたとしたら、彼の描く雪はどんなふうに変わっていったのだろう。それはいつか解け、新たななにかへと変わっていったのかもしれない。その先を見てみたかったと思う。

書家・華雪

14. 7月 2021 by STAFF
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二見光宇馬の陶仏

06. 6月 2021 by STAFF
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