ゲージツ家KUMA
篠原勝之展
2026年10月3日(土)ー10月12日(月祝)
11:00-18:00
7日(水)定休


「オレは一週間ほど海辺の街、小田原へはじめて乗り込んでいた。東海道に面したギャラリーに百盌ほど選抜した〈空っぽ〉を持ち込んでの個展である。
東京に近いせいか週末には顔見知りも大勢来てくれた。普段は作業場の〈泥禿庵〉で独居土踏まずの日々、次々と訪ねてくれる面々との雑談に興じるのは久しぶりのことで、」――(文學界2026年7月号より)と、昨年篠原勝之さんの茶盌を百盌おいて、今年も100盌おいてみた。出だしの言葉は、文學界2026年7月号の篠原くまさんの「痰譚」と言う現状報告書からのせてみた。知り合って間なしなのに、さっさと出かけていってしまった篠原くまさん。でも本人がいない。不在なのだ。在るだけですごい人なのだ。でも本を読むと良くかけるだけ書いている。
ギャラリーを訪れた見知らぬ青年がフワリと入ってきた人への観察もいいですね。作者だと名乗り、本人も、どれも手に取ってみたくなる茶盌ばかりでと返してくる。伊賀の薪窯で焼いたものについても匂いを楽しませてもらいましたと返してくる。「茶盌の佇まいというか存在そのもののような匂い、皮膚も感じてるんです」そして彼は日本でも有数の匂いに関する研究所の主任研究員さんだったとのこと。そういう人を見ていてわかるんですね、くまさんには。
展覧会の案内状なのに、それにふさわしいことを書かずにすみません。
書が今回、大きな役割があります。思い切り書いてます。「恕」など僕には理解できない言葉もありますが、すごく感じるものです。軸装されてさらによくなりました。「土」や「下手糞」「不可思議」「華厳」など。そして、百盌の盌「空っぽ」まずはうつわ菜の花で選んで下さい。どれをとっても自分に合うものと出会いますよ。辻村史朗さんも何回か来てくれたり、呼んでくれたりしたようですよ。
そして今回、亡くなる時のメッセージをもらい、携帯に入っています。じぶんの盌「空っぽ」を一番褒めてくれた、評論してくれて本当にありがとうと言って、くまさんは先にいっちゃいました。
2026年9月8日 髙橋 台一
藤井勘圿
2026.9.5(金)ー9.13(日)
11:00-18:00
9日(水)定休
作家在廊日 5日(土)6日(日)


藤井勘圿の百合の絵をはじめて正面にすえた。
このごろは、自分がつくる絵にガクをつけ、軸装も手がけるようになった。そして、フラ
ンスはパリで展覧会をやることを聞く。新しい世界への道へまい進していくようだ。だが
このガクはいい。絵がグウーっと生きてくる。良い人と出会って出てきたのでしょう。
そのガクには、椿でも花の形が違ってあまりない種類をえがいている。そして、彼が描く
蓮の花。今回2点写真に撮りましたが、京都のお寺でのことだったのですが、一生懸命毎
日通って描いていると、プツンと描いている花がなくなっていたりするらしい。それを悪
く言う由でもなく、次の日行くとないんですと言うんですね。残念ですね。しようもない
ので京都の植物園に行って、また描き始めるとのこと。この執念と言うのか、とり組み方
が、僕は誰にでもできることではないと思います。絵の構成はできているのでしょうけれ
ど、現物を自分なりに描くことを大事にしていることが大切なんですね。
僕も一枚、蓮の花がほしいもの。
高橋 台一
加藤尚子のガラス
2026.8.22(土)ー8.30(日)
11:00-18:00
26日(水)定休
作家在廊日
8月22日(土)29日(土)30日(日)


なぜ人間は想像するのか、昨年からその問いを抱きながら制作を続けている。
海を見ていると海面が波立つ、波は揺らぎながら形を変え、私を乗せるボートとなる。ボートは鳥となり、私を開放する。心は想像と共に自由となる。
想像とは希望を見出すためにある行為である。
希望を見出せない事象に出会った時、私は希望を見出す為に想像する。
そして想像した形をガラスに置き換える過程で、私は問いの答えを発見する。
それはいつも、ガラスが教えてくれる。すべてが自分の思い通りにならないことも、自分は何者かということも。
加藤尚子
加藤尚子さんはいつも、考えている。思っていることを書いている二年毎の個展に案内状用の作品を送ってくれる時に、いま彼女が考えていることを記してくれる。それはするどいモノであったり、ホッとする優しいコトであったりはするが、世界の中で、暮らしの中で、彼女は向き合い、考えている。今回の文章を読み、それは「想像」であったのだと知った。僕が付け加えることばは要らないように思う。直接作品からじかに、皆さんに感じてもらいたい。
高橋台一
加藤尚子プロフィール
1996年 女子美術大学芸術学部工芸科 卒業
現在 女子美術大学芸術学部デザイン・工芸学科 准教授
photo/hiroshi yahata
青木憲二のコラージュの仕事
2026.8.8(土)ー8.16(日)
11:00-18:00
12日(水)定休


青木憲二さんとは不思議な出合いであった。実は青木さんは湯河原の福浦で生まれ、東京から戻って小田原の南町に住んでいた。ジョセフ・コーネルの影響を受けてコラージュの制作を始める。これは彼の一生の仕事となった。小田原では出版や、カレンダーを作っていた文化堂印刷での生活の仕事にたずさわっていたこと。木村伊兵衛を受賞したカメラマンの渡辺兼人と親交が深かったこと。彼は四谷シモンの弟である。また憲二さんはカメラマンの武田花さんとも友人で、菜の花で「猫の写真展」をやってもらった、彼女は武田泰淳の娘さんであった。
そして、青木憲二さんの妻、佐世子さんは、できたばかりの和菓子菜の花で、僕の大好きなお菓子、バナナケーキを数十年もの間、作り続けて菜の花を支えてくれた人でした。
ちょうどそのころ、憲二さんがジョセフ・コーネルの影響で作り続けていた、コラージュ作品、写真を切っては貼り付け、構成して一度だけ展覧会をやったことは覚えています。今も手元にあります。奥さんが好きでした。その時僕は、ジョセフ・コーネルを知らなかった。アッサンブラージュの先駆者、箱の中にアバンギャルドな世界をつくったアーティストであった。
そして憲二さんは驚いたことに、この20年間の間に亡くなる前にこつこつと新たな独自のコラージュをつくっていたのです。人に知らせずに本当にこつこつと写真を切り、貼り付け、刺繍をし、ビーズを縫いつけて、型を構成してハッとするような世界をつくっていたのです。作品38枚。誰にも見られることなく、彼の部屋にあるのをみつけました。思い出してみると、憲ちゃんと最後に会ったときに、近くの書店、南十字によく行くと言っていた。
そんなこともあって、今回、うつわ菜の花をメイン会場に、南十字にも展示をして、2店で開催します。
第2会場
南十字
小田原市南町2-1-58
笑達の絵。野口寛斉の陶。
笑達の絵。野口寛斉の陶。
2026年6月19日(金)―6月28日(日)
11:00-18:00
24日(水)定休
作家在廊日 19日(金)20日(土) 19日は終日、20日は午前中のみ在廊されます


笑達さんは、京都の四条祇園の鴨川あたりで似顔絵を描いていたのではないだろうか。僕もよく通っていたようだが。今を描くこの人の絵を見ていると、スケールの大きさを感じてくる。山の尾根の上をノソ、ノソと歩いていく。それも陽が影っていく方向に向かって帰っていくような気がしてくる。そして描き始めるのでしょう。その風景がどうしても消えずにのこり、行ってみたかった。ドキッとするような手と、その手の内に在る宝石。僕でいえばお茶をたてた茶盌か。いただくといったものが描かれていく。僕にとっては第一回目の有楽町でのアートフェアで会って即、会をやりましょうと声を掛けた人だった。
もう一方は野口寛斉さん。プロミュージシャンとして活動開始をして渡米し、イサムノグチ作品と出合い、音楽に区切りをつけ彫刻家の元で造形をし、作陶をはじめたと。そのアートフェアで同時に置かれてあり、そこでは本人と会うことはなかったのですが、僕の友人が野口寛斉さんのやきものを気に入っていて買い、僕もスケールの大きさ、生き方があふれる思いをもった人と感じ合い、特に黒の紋様が、こちらの心をおさえてくるなと思った。
日本人にはない造形で、おもしろい。この二人をとり上げての展示をいたします。
髙橋台一
「井上有一の字」
2026年6月6日(土)-6月15日(日)
11:00-18:00 10日(水)定休


井上有一がこの世を去ったのは、1985年6月15日のこと。
例年にない大梅雨の中だったと聞く。
井上有一最後に書いていた宮沢賢治の詩。「虔十公園林」を出して見ましょうか。これは信州追分の海上雅臣さんの自宅に泊めてもらって帰り際に、茶室に掛かっているよと聞いて、3度読み上げて涙し、もらいうけて帰って来たもの。こんなことがあるんですね。
大きな「花」はうつわ菜の花のお店に掛け、「貧」と「愛」はどこに掛けるか決めていない。以前黒田泰蔵さん宅の庭に置いて撮影した、1m角の「愛」は、たたみの部屋にでも置いて、「母」はどこに置けるかわからずのまま持っていきます。
そして「顔真卿臨書」も出したいと思う。
髙橋台一
photo/hiroshiyahata
常滑 鯉江明
2026年5月1日(金)ー5月10日(日)
11:00-18:00 6日(水)定休
作家在廊日 1日(金)2日(日)10日(日)

鯉江明君と出会ったのは、鯉江良二さんが愛知県の設楽町の金子潤のアトリエに工房を移転して、愛知県立芸術大学の助教授になった頃である。明君も夏休みで父親のところにいた中学生だった。夏なので多くの友人が集まっていて、僕は和菓子屋でもあったので「くず切り」をつくって差し上げたら、すごく喜んでくれたのがこの人が明君だったのでよく覚えていた。
金子潤のアトリエは良いところだった。鯉江さんの破れた陶板の器を38枚ほど勝手に外に出し、壁に展示して良二さんに見せたら、全部お前にあげるよと言われて持ち帰った。良二さんのその時の設楽での陶板の原基が明君に芽生えていて不思議である。キチッとした向かい方や、ガチッとした姿勢がやきものにのりうつっていて、気持ちが良い。
茶碗がなかったので送ってもらったら、まだ今回のは焼けていなくて、前のではありますが楽しめそうである。この数年、明君がつくる世界が明らかになってきていることに感動をおぼえるんです。まだ形になっている由ではないのですが、すごくどっとくるところまで来ているなと思っているのです。どこかで形となって表れてくるかわかりませんが期待しています。色合いでも独自に産まれてきていますが、これからおしすすんだ世界が開かれていくんだと思います。
2026年4月14日 髙橋台一






